大分市の志手と言えば、知る人ぞ知る「志手ポンカン」、もう忘れられた古墳と三角縁神獣鏡、最近再発見されたドイツ人の墓などがあります。地域を歩けば意外なものにぶつかったりします。そんな志手の「トリビア(豆知識)」を紹介します。 そもそも「志手」の地名の由来にも諸説あります。「神田」説、「潮の手(磯辺)」説、「阯手(阯は基、山の下の意)」説。書き出せばタネはあれこれと…
4/24/2025
お大師さまとお接待 志手天神社
4/06/2025
「大分『志手』散歩」の手引き➁ 「過去」を学ぶ
消えゆくものを記録に留めて
「大分『志手』散歩」手引き➁
「このブログには目次がないので、どんなことがどんな順序で書かれているのか、たまたま読んでみようと思われた方には分かりにくいと思います。そこで「大分『志手』散歩」の「手引き①」と題して、これまでブログの内容を1回整理してみようと考えました」
4/02/2025
お大師さまとお接待 その4
寺社巡りを楽しんだ庶民
江戸時代の仏教と旅事情
寺社巡りを楽しんだ江戸の庶民
3/25/2025
お大師さまとお接待 その3
意外な場所にあった
弘法大師信仰の物証
3/11/2025
お大師さまとお接待 その2
お接待 始まりは江戸後期
毘沙門堂に残る手掛かりは
2/19/2025
志手ポンカンはどこで買える
志手ポンカン どこで買える?
2/10/2025
志手ぶらぶら路上観察記⑥志手ポンカン出荷
志手ポンカン 出荷最盛期
1/27/2025
お大師さまとお接待 その1
毘沙門堂とお大師さま
途絶えた行事・お接待
1/13/2025
志手ぶらぶら路上観察記⑤さい銭泥棒
毘沙門堂に賽銭泥棒とは‼
12/30/2024
行く年くる年 世界の国からありがとう
世界に伝わる「志手」の今と昔
12/21/2024
桜ケ丘聖地で防災訓練
12/09/2024
志手ぶらぶら路上観察記➃志手ポンカン
寒さ来て色づく志手ポンカン
今年はミカンが全国的に不作のようです。志手特産の「志手ポンカン」はどうでしょう。12月に入り色づき始めた志手ポンカンが上の写真です。
志手ポンカンについてはこのブログ「大分『志手』散歩」で以前に取り上げました。
手始めに「志手ポンカン①志手ポンカンは日本一」(2022年10月28日公開)を書きました。
続いて「志手ポンカン➁いけるぞ!志手ポンカン」(2022年11月3日公開)「志手ポンカン③ポンカンの効用は」(2022年11月8日公開)「志手ポンカン➃幻になる日も近い?」(2022年11月18日公開)と書きました。
志手のミカン生産者がポンカンづくりに本格的に取り組んだのは昭和50年代半ば、1980年前後のことのようです。
「志手ポンカン➁いけるぞ!志手ポンカン」に載せた新聞記事を再掲します。
それが左の記事。大分合同新聞の昭和57(1981)年2月21日付朝刊です。
それによると、ミカンの生産過剰で価格が暴落し、経営が苦しくなった志手の生産者が、自家用に植えていたポンカンに目を付けて本格栽培を開始。市場に出荷し始めたところ、人気を博したということだそうです。
ある財界人が志手ポンカンの味を絶賛したという話を「志手ポンカン①志手ポンカンは日本一」で紹介しました。
しかし、志手ポンカンも最近はかつてほどの人気はないようです。
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11/29/2024
5回目の公式墓参 桜ケ丘聖地
独大佐 5回目の公式墓参
桜ケ丘聖地(旧陸軍墓地)
駐日ドイツ大使館付武官として来日したカーステン・キーゼヴェッター大佐が、2019(令和元年)12月、桜ケ丘聖地にあった曽祖父の弟(ユリウス・パウル・キーゼヴェッタ―)の墓を見つけたことが始まりでした。
10/29/2024
メタセコイア番外編~大分駅南口
かつての町のシンボル残す
大分駅南口のメタセコイア
10/10/2024
ラクウショウ番外編~徳島県の農業学校
❝百歳❞迎える落羽松 徳島県
9/30/2024
メタセコイアとラクウショウ③天神島児童公園
カギは全国公園緑地会議?
駄原総合運動公園の落羽松
資料なし 情報公開請求は空振り
志手ぶらぶら路上観察記⑧キオビエダシャク
やたら目につくこの蝶は やたらと目に付くチョウがいると思ったら、チョウではありませんでした。ガ(蛾)でした。ネットでちょっと調べてみたら「キオビエダシャク」という名前が分かりました。 マキノキの下の雑草を刈る作業をし ていたら、このガがあちこちで見つかりました(左の写真)...


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