編者は同じで異なる小字
二つの資料の違いに困惑
都道府県ごとに出版されており、大分県が発行されたのは1980(昭和55)年11月とあります。
「志手村」は407ページにありました。
大辞典の説明ではまず「志手村<大分市> 江戸期~明治8年の村名」とあります。
なぜ明治8(1875)年までかというと、このブログ「大分『志手』散歩」でも紹介しましたが、この年に志手村と椎迫村は太平寺村の一部を加えて合併し、三芳村になり、志手村がなくなったからです。
ただ、通称として「志手」は残りました。そして今も生きていることは、このブログ「ふるさとだよりで知る志手のトリビア⑤『三芳』と『志手』 二つの住所」(2023年2月13日公開)で紹介しています。
さて、この大辞典を読んで、このブログの筆者が喜んだのは「志手村」の説明が載っていたからではありません。
三芳村は1181ページにありました(上の資料)。太平寺、椎迫、志手の旧村ごとに小字が書いてあります。
大辞典によると、志手村の小字は「クス亀」「札場」「売田」「フケ」「平」「辻」「屋敷」「後口平」となっています。
これとこのブログの「小字シリーズ」で使ってきた字図を照合すれば、旧志手村がどのあたりで、どれくらいの広さだったのか、大体分かるのではないか。そう思ったのですが、そう簡単ではありませんでした。
資料を照らし合わせると、食い違いがあり、どうも辻褄があわないようなところが出てきたのです。
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