初詣前に毘沙門堂に案内板
ちょっと読んでみましょう。
「本堂に御在する毘沙門天王は延暦23年(804)遣唐使一行に同行された伝教大師(最澄)が、翌年(805)唐より供奉帰朝された尊像であり、その折にこの地に一宇を建立したと謂われております」
上の説明文の下に中世大友時代の府内古図のコピーがあり、府内城下の外れにある毘沙門堂(志手毘沙門)が赤い〇で囲ってあります。
この縁記についてはこのブログ「大分『志手』散歩」の「毘沙門堂今昔その3 『室町』に始まる浄土真宗との縁」(2024年5月27日公開)にも少し書いています。
「毘沙門堂今昔」と題してこのブログで志手の毘沙門堂について書いたのは2024(令和6)年2月から6月にかけてでした。
最初に書いたのが「毘沙門堂今昔 予告編」(2024年2月13日公開)でした。
地元の住民によって毘沙門堂の環境整備が進められ、きれいになった毘沙門堂には立ち寄る人が増えてきている。
そんな話を書いています。
今回の案内板の設置も毘沙門堂の環境整備の一環といえます。
毘沙門堂の案内板にある「志手歴史再発見クラブ橘会」(志手橘会)については、このブログの「毘沙門堂今昔その1 由来を探る 志手橘会の活動」(2024年2月22日公開)で紹介しています。
地域の歴史を掘り起こし、住民に伝える活動が地道に続けられているようです。
このブログ「大分『志手』散歩」の筆者も今年も「志手」を歩き、疑問に思ったこと、面白いと感じたことなどを伝えていきたいと思います。

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