1/04/2026

志手ぶらぶら路上観察記⑦ 満月

「お盆のような月」が東に


 

 季の坂3丁目の坂道をクルマで上っていると「お盆のような月」が目に入りました。「今日は満月か」。そう思って、持っていたカメラでとりあえず写真を撮りました。

 Google検索してみると、これは2026(令和8)年の最初の満月だそうです。別名「ウルフムーン」というのだとか。ちっとも知りませんでした。

 「ウルフ」は「狼」、「ムーン」は「月」で「狼月」となります。

 アメリカでは真冬の食糧不足を嘆く飢えたオオカミの遠吠えにちなんで1月の満月をそう名付けたとか。

 よく分かりませんが、久しぶりにじっくりと大きな月を見ました。

 そして「まあるい まあるい まんまるい」「お盆のような月が」という童謡の歌詞が頭に浮かびました。

1/01/2026

毘沙門堂の案内板

初詣前に毘沙門堂に案内板 



 新年を迎える志手の毘沙門堂に案内板が設置されていました。


 案内板には毘沙門堂の説明があります。

 ちょっと読んでみましょう。

 「本堂に御在する毘沙門天王は延暦23年(804)遣唐使一行に同行された伝教大師(最澄)が、翌年(805)唐より供奉帰朝された尊像であり、その折にこの地に一宇を建立したと謂われております」

 上の説明文の下に中世大友時代の府内古図のコピーがあり、府内城下の外れにある毘沙門堂(志手毘沙門)が赤い〇で囲ってあります。


 毘沙門堂に関する上記の説明は志手に伝わる「毘沙門天尊像之縁記」(上の写真)に書かれてあるものです。

 この縁記についてはこのブログ「大分『志手』散歩」の「毘沙門堂今昔その3 『室町』に始まる浄土真宗との縁」(2024年5月27日公開)にも少し書いています。

 「毘沙門堂今昔」と題してこのブログで志手の毘沙門堂について書いたのは2024(令和6)年2月から6月にかけてでした。

 最初に書いたのが「毘沙門堂今昔 予告編」(2024年2月13日公開)でした。

 地元の住民によって毘沙門堂の環境整備が進められ、きれいになった毘沙門堂には立ち寄る人が増えてきている。

 そんな話を書いています。

 今回の案内板の設置も毘沙門堂の環境整備の一環といえます。
 
 毘沙門堂の案内板にある「志手歴史再発見クラブ橘会」(志手橘会)については、このブログの「毘沙門堂今昔その1 由来を探る 志手橘会の活動」(2024年2月22日公開)で紹介しています。

 地域の歴史を掘り起こし、住民に伝える活動が地道に続けられているようです。

 このブログ「大分『志手』散歩」の筆者も今年も「志手」を歩き、疑問に思ったこと、面白いと感じたことなどを伝えていきたいと思います。
 

志手ぶらぶら路上観察記⑦ 満月

「お盆のような月」が東に     季の坂3丁目の坂道をクルマで上っていると「お盆のような月」が目に入りました。「今日は満月か」。そう思って、持っていたカメラでとりあえず写真を撮りました。  Google検索してみると、これは2026(令和8)年の最初の満月だそうです。別名「ウルフ...